Short story 

 

「れもん」

れもん

レモンに恋した気分だ。


今日、私はレモンを食べた。
蜂蜜につけたレモン。

甘酸っぱくて、元気が出たので、嬉しくなってれもんに声をかけたのだ。
そうすると、れもんは私にかわいい赤いチューリップを渡してくれた。

 


れもんは花屋で働いていて、歳はおそらく5つは年下だろう。

私は花が好きだった。見るのが好きなのだ。
だからいつも一丁目の角にあるれもんの花屋の前で、ガードレールに腰掛けて私は花を眺めていた。

「お客さま、なにかお探しですか?」

まだあどけない少年のような笑顔でれもんは話かけてきた。

「あ、じゃあ、そのチューリップを。」

そういって、私は赤いチューリップをれもんから受け取った。
私はそれからいつもチューリップを一輪ずつ買うようになった。

 

夕方に林檎とオレンジ、あと長いフランスパンの入った紙袋を持って花屋の前の坂道を歩いた。
昨日友人が長いフランスパンを持っていたので、

「おいしいよね、フランスパン。」

と私が言ったら、

「私、フランスパンを持って歩くのが好きなの。」

と友人は言った。

その言葉がちょっと気に入って、今日は私がそれのまねっこだ。
私はれもんに

「私、フランスパンを持って歩くのが好きなの。」

と言った。


れもんは笑いながら

「食べるほうがいいですよ。」

と言って赤いチューリップを渡してくれた。


れもんの笑顔に思わず

「実は私も食べるほうが好き。」

と言った。
そしていつものように帰り際に通り過ぎるお地蔵さんにチューリップをプレゼントして帰った。

 

「この頃あの道端の地蔵、だれかがチューリップをお供えしてるんだ。」

家に帰るとてっちゃんがおもしろそうに私に言うので、

「あれ、私だよ。」

そう言うと、目を丸くしててっちゃんが私をみた。


ある朝、またあのれもんの花屋の前を通ると、れもんの姿が見当たらない。
店員さんに

「あの、いつもいる人は・・・?」

「ああ、和(かず)は大学に入学するから、やめたんだ。」


それから私はまた花を買わなくなった。
買う理由がなくなっただけ。

私は、花は好きだけど、実は今まであまり花を買ったことがなかった。
買ってもなかなか家には置かないのだ。

夕方またフランスパンを持って坂道を歩きながら、てっちゃんにチューリップのれもんの話をした。

いつもあの花屋でチューリップを買っていたこと。
そこにいた人を私が勝手にれもんと名付けたこと。
子どもっぽい笑い方が印象的なこと。
れもんは「かず」というなまえだったこと。
なにか違和感を感じたこと。

れもんがいなくなったこと。

てっちゃんは私の頭をくしゃくしゃと撫でて、

「おまえの中ではもうそのひとはれもんだったんだな。 」

と笑っていった。
そのてっちゃんの笑顔をみて、あらためててっちゃんが大好きだと思った。


私は無精ものだから花はすぐ枯らしてしまう。

花を買わないのは、枯れるのを見たくないのだ。
ただそれだけ。

だけど、今日は家に一輪、赤いチューリップを置いた。
あそびでその横にレモンを置いた。

てっちゃんが笑っていた。
私も笑った。

「れもん」

topに戻る