Short stories たんぽぽ音色」 「れもん」 「初夢」 「クリスマスの朝に見た夢

Story
2004/1

  

レモンに恋した気分だ。



今日、私はレモンを食べた。
蜂蜜につけたレモン。



甘酸っぱくて、元気が出たので、嬉しくなってれもんに声をかけたのだ。
そうするとれもんは私にかわいい赤いチューリップを渡してくれた。

れもんは花屋で働いていて、歳はおそらく5つは年下だろう。

私は花が好きだった。見るのがすきなのだ。
だから、いつも一丁目の角にあるあのれもんの花屋の前で
ガードレールに腰掛けて花を眺めていた。

「お客さま、またなにかお探しですか?」

まだあどけない少年のような笑顔でれもんは話かけてきた。

「あ、じゃあ、そのチューリップを」

そういって私は赤いチューリップをれもんからもらった。
私はそれからいつもチューリップをひとつずつ買うようになった。

夕方にレモンとオレンジ、あと長いフランスパンの入った紙袋をもって花屋の前の坂道を歩いた。
昨日友人が長いバケットを持っていたので、
「おいしいよね、フランスパン」
と私が言ったら、
「私、フランスパンを持って歩くのが好きなの」
といった。
その言葉が気に入って、今日は私がそれのまねっこだ。
私はれもんに
「私、フランスパンを持って歩くのが好きなの。」
といった。

れもんは笑いながら
「食べるほうがおいしいですよ」
といって
、赤いチューリップを渡してくれた。

れもんの笑顔に思わず
「実は私も食べるほうがすき。」
といった。

そしていつものように帰り際に通り過ぎるお地蔵さんにチューリップをプレゼントして帰った。

家に帰るとてっちゃんが
「この頃あの道端の地蔵、だれかがチューリップをお供えしてるんだ」

「あれ、私だよ」

目を丸くしててっちゃんが私をみた。


ある朝、またあのれもんの花屋の前を通ると、れもんの姿が見当たらない。

店員さんに
「あの、いつもいる人は・・・」

「ああ、和(かず)は大学に入学するから、やめたんだ」


それから私はまた花を買わなくなった。買う理由がなくなっただけ。

私は花は好きだけど、実は今まであんまり花を買ったことがなかった。
買ってもなかなか家には置かないのだ。

夕方またあのフランスパンを持って坂道を歩きながら、
てっちゃんにチューリップのれもんの話をした。

いつもあの花屋でチューリップを買っていたこと。
そこにいた人を私が勝手にれもんと名づけたこと。
れもんは和というなまえだったこと。
なにか違和感を感じたこと。
子供っぽい笑い方が印象的なこと。

れもんがいなくなったこと。


てっちゃんは私の頭をくしゃくしゃ撫でて、
「アキの中ではもうそのひとはれもんだったんだな。 」
と笑っていった。
そのてっちゃんの笑顔をみて、あらためててっちゃんが大好きだと思った。

私は無精ものだから花はすぐ枯らしてしまう。

花を買わないのは
枯れるのを見たくないのだ。
ただそれだけ。


だけど、今日は家に一輪、赤いチューリップを置いた。
あそびにその横にレモンを置いた。
てっちゃんが笑っていた。
私も笑った。

     「れもん」  KINA  



Story
2004/1

  
   パンダが泣きながら僕の顔を見ている。

   僕は涙が転がるその前にそっとハンカチをさし出した。


僕は夕暮れの時間に外に出た。
にらみをキッときかせて太陽をにらんだ。
今日この日が沈んだら、もう2003年の太陽はみれない。

昨日東京から田舎に帰る準備のため、旅行鞄に着替えを詰め込む間、
僕はまた今年は何を捨てていこうかと考えた。

毎年田舎に帰るのはこの正月ぐらいだけど、
そのときに僕は決まってやる儀式があった。

この一年で溜まった心の中のいらないものを一切捨てて帰るのだ。
だけど、それを捨てるにはひとつ道連れを作らなくてはならなかった。
僕の大事にしていたものを一緒に捨てなければその儀式は成立しないのだ。

そうしなくても、たとえば「深呼吸して大声で叫ぶ」とかいう手段でもそれは可能だったのかもしれない。
だけど19歳のときからやっているそれがいつの間にか決まりになった。

僕は部屋の周りを見渡す。
押入れの中にはこの頃忙しくて使うことのなくなったスキーウエアと、学生のときの教科書が乱雑にいれてある。
その片隅にこんな暗いところに入れて置かれながら、それでもめげず目を丸くし、きょとんとした顔で見つめているパンダのぬいぐるみがあった。
UFOキャッチャーで採ったものなんて大抵捨てて帰ったりするのだが、
なぜだかそいつは持って帰った。
机の上に飾るのも少しで飽きて、結局そいつは一週間ほど大事にされたあとで押入れ行きだった。

去年新築された実家は、こういうときにしか帰らないのに
僕の部屋が用意されていた。
僕にはどんなときでも帰る場所がある。嬉しく思った。
さっき、パンダは白い部分と黒い部分のどちらが多いのだろうと、
テレビCMで問われたので、どうだろうかなとか考えて、
新しいにおいのする実家の天井を見ながら布団に入った。

CMのパンダなんかどうでもよくて、ましてや色の比率なんて興味すらないけど。
あのパンダは寒い外でいろんなゴミと一緒にされて、それでも笑っているのだろう。
僕のなかの腐ったものはあのパンダのおかげですっきりしたけど、ちょっと痛みが残るから、去年の儀式は失敗に終った。

夢の中でパンダは笑わなかったから。


年が明けて4日に僕は東京に戻った。
今年からもうちょっと強くなろう。
今年はひとりで儀式をしよう。
僕の勝手な心の整理に道連れを作らなくていいくらい、ちょっとだけでいい
ちょっとだけ今年は強くなろう。
そう思いながら、押入れのパンダと目を合わせた。

パンダが僕を見ながらくすっと笑った気がした。

明日は5日。今年始めのゴミの日です。

「はつ夢」  KINA



Story
2003/12

「クリスマスの朝に見た夢」


あらまあ、こんなこともあるのかと、12月のカレンダーを横目で見ながら、鏡を覗き込んだ。

これはとある朝の出来事で、私にリボンが巻きついている。
それも赤いリボン。
驚いたので、きっとこれは夢なのだと、だけど楽しそうな夢だから、覚めないようにそっと頬を撫でた。

あらあら、首の辺りには値札らしきものと、メッセージカードが付いていて、どうやら私は売り物らしい。
カレンダー見ると今日は12月24日。
ああそうか、クリスマスプレゼントね!
そうか、そうか、それならおめかししなくちゃね。
鏡台の前に立って、めったに塗らない口紅をひとぬり。 お姫様になったみたい。
ワンワンと愛犬のチコが私を迎えに来た。
あらあら口に銀貨をくわえているから、チコは私をご購入ね。
思いもよらぬ展開に私はふふふと笑った。
そして私は、チコと踊っていた。
くるくるくるくる踊っていた。
そして、最後にチコは一声悲しそうにクンと泣いたのだ。


目覚めたときには、チコは私の頭の上の写真たての中で幼い私に抱かれていた。


私の目はなぜか涙でいっぱいだった。
写真たての裏に挟んであったカードには10年前の西暦と「Merry Christmas」とかかれている。
チコは私が大好きで私のそばにいつもいたから・・・。
「チコ」と思わず呼んだ。
昨日ベットの上で冷たくなっているチコを私は何度も暖めようと、一緒に包まって眠った。
クリスマスはチコと朝までずっと踊り続けていた。

その日の夜、彼から白い猫がプレゼントされた。

私はまた一緒に踊りたいから、その猫をチコと名づけた。

「クリスマスの朝に見た夢」  KINA



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